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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(行ツ)98号 判決

富山県新湊市中央町一七番三〇号

上告人

嶋毅一

右訴訟代理人弁護士

宮林彦九郎

富山県高岡市博労本町五番三〇号

被上告人

高岡税務署長 白山仁佑

右指定代理人

平塚慶明

右当事者間の名古屋高等裁判所金沢支部昭和四八年(行コ)第一号所得税更正処分等取消請求事件について同裁判所が昭和四九年九月六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宮林彦九郎の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するものであって、採用することができない。

同第二点及び第三点について

所論は、ひつきょう、原判決の結論に影響を及ぼさない傍論の部分を非難するものであるばかりでなく、所論の点に関する原審の判断はすべて正当として是認することができるから、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 本林譲 裁判官 栗本一夫)

(昭和四九年(行ツ)第九八号 上告人 嶋毅一)

上告代理人宮林彦九郎の上告理由

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明かな事実の誤認がある。即ち

原判決は、嶋モータースの昭和四四年迄の業績向上も、当時の自動車業界の一般的伸びを考えると、果して訴外日産サニー富山西販売株式会社(以下単に訴外会社と称す)設立に原因を求め得るものか否か不明といわなければならず、嶋モータースと訴外会社とを同一視しない限り、訴外会社設立資金を個人事業の安定向上のための投資となす上告人の主張をたやすく採り難いところといわなければならないと判示する。

然しながら、上告人が嶋モータースを訴外日産自動車株式会社の特約店たらしめようとしたが、同訴外会社から富山県一円の特約店の条件として、資本金四千万円の株式会社であることの条件を示されたため、四千万円の株式を集めることが困難であったため、これを二千万円に縮少し、その代り富山県西部だけを区域とする株式会社とすることを許され、かくて訴外会社を設立することになったが、それでも当時の上告人の資産状態では独自で二千万円を調達することは困難であったので、同業者数人を誘ってこれを充たし、ここに上告人を中心とする共同出資による訴外会社の成立を見、上告人がその代表取締役となって業務運営に当り、これにより嶋モータースの業績も上り、資本金も四千万円に増額し、区域も富山県一円となって所期の目的を達したものであり、訴外会社は正しく嶋モータースの分身であり、同時に出資した同業者等は共同投資者であり、訴外会社は上告人等の協同組合の実体を持つものである。上告人の出資は株式配当を目的としたものでなく、又株価の値上りを期待したものでもなく、従ってその株式の売買は全く考えられていない。他にも株主があるからといって、これを理由にそれは事業のための投資でないとすることは当らない。(昭和四九年一〇月一日施行の新商法は商業帳簿につき、子会社の株式の評価方法につき、その他の所云資産株式とは別異の取扱いとすることとしたが、これは長期に亘って投資として保有するものであり、他の流動資産のように処分を前提とするものではないことに基くものと思われる。(改正商法第二八五条の六第二項御参照)

第二点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明かな法令の解釈の誤りがある。即ち

(一) 事業所得の内容を所得税法の規定する事業所得以外の各税種目に当てはめようとすれば、そのいずれか一つに当てはまらないものはないが、特に事業所得なる税種目を置いたのは、事業より生ずる収入はこれを一括して事業収入とし、これを生み出すために支出された経費はその必要経費として控除して事業所得の額を決定しようとするものであって、従って個々に見れば、或いは譲渡による収入、不動産収入、分配金であってもこれを譲渡所得、不動産所得、配当所得とせず事業所得に包括する建前を採っている。苦しそうでなくて、他の税種目の中に形式上入れ得るものはこれを譲渡所得、不動産所得、配当所得として処理するということであれば、法律が特に事業所得なる税種目を設けた意味を失わしめるからである。

従って、事業所得の額を決定するには、事業により得られた総収入からこれを得るために支出された総経費即ち必要経費を控除して計算さるべきである。而して必要経費の中には、その投資のための経費も勿論含まるべきであって、それが投資である以上、組合出資金、株式払込金のための負債利子であることは、何等妨げとならないと解すべきである。

原判決は、個人事業者が事業上の必要から法人の株式払込金のため負債をしたところ、右株式に対する配当のない場合その負債利子を配当所得の赤字をして扱うべきではなくて、事業所得の赤字として取扱うべきであるとの上告人の主張を排斥し、その理由として、二重課税忌避や事業税重課の問題を云為されるが、これは当らない。

配当金に対する二重課税の問題は、配当金そのものについての問題であって、税種目上の配当所得に限られる問題に限らるべきものではなく、実質上配当金であれば、事業のため投資した株式の配当金についても亦該当するものであるから、事業所得の中に含められた配当金についても同じく控除すればよく、又事業税重課の問題も所得税とは別個の見地から設けられた税種であるから、それらのために、配当所得という税種目を設けた意味が失われるとか、二重課税になるとか云うことはない。従ってそれらが上告人の主張の妨げとなる道理はない。

(二) 原判決は、被上告人の主張を容れて、本件係争借入金利子は配当所得の赤字であり、配当所得の赤字は他の所得との損益通算を除外されるから、上告人の事業所得から控除することは許されないと判示する。

均しく株主、法人と称されるものの中に、企業主株主(事業の投資として株式を保有する株主)と投資投機株主(事業のための投資としてでなく株式を取得した株主)との別、企業主株主法人(すべての株主が企業株主である法人)と投資投機株主法人(すべての株主が企業主株主である法人)との別がある。投資投機株主が専ら多額の配当を確実に受取ることと株価が値上りすることとの二点に関心を抱くのに対し、企業主株主は、株価の値上りには殆んど関心がなく、株式を売ることなど考えていないため株価が形成されていないのが通常である。

所得税法は、損益通算の規定から配当所得を除外しているが、その除外の理由に鑑みるときは、そこに云う配当所得とは投資投機株主の配当所得だけであって、企業主株主のそれは含まれないと解するのが相当である。然るに、原判決は、株主法人に前記のように二種の区別があるに拘らず、これを無視して配当所得にはすべて他の所得との間の損益通算が禁止されると断じたことは法令の解釈を誤ったものである。

課税には公平の原則が適用され、不公平な課税はそれだけで違法である。上告人は、上告人の主張するような所得計算方法を採ることが個人事業者と法人間の税制上の処遇の差別をなくすることになり、公平の原則に叶った合理的な解釈であると主張するのに対し、原判決は、法人(事業者)については総体的な費用収益対応の原則がとられるのに対し、個人事業者については個別的な費用収益対応の原則がとられ且つ損益通算も制限せられる結果、両者の処遇上差の出る場合のあることを認めながらも、もともと課税所得を如何に把握し、如何に計算するか、損益通算を行うか否かはすべて立法論に属する問題であるとして、上告人の解釈を合理的な解釈とは考えられないとしてこれを排斥した。

然しながら、経済は常に流動するのに対し、税法は改正される迄は固定している。その間に不公平、不合理な結果が生ずることのあることは否めない。徴税技術上の困難に籍口してこれから生ずる課税の不公平を看過することは許されない。これを補うものは法解釈である。上告人の主張するように解釈することは現行所得税法を歪曲するものではなく、公平の原則に副う所以であることを確信する。

(三) 所得税法は、配当金を得た者がその株式を取得するため負債を有している場合、その負債利子を配当収入から控除して配当所得の額を計算することとしているが、右は配当金全部につき課税することは酷であるとの理由に基づくものであって、従ってそれは配当のあった場合についてのみ適用されるものであり、配当のない場合にまで適用すべきものではない。配当のない場合にその株式を取得するための負債利子を配当所得の赤字を認めることは法意に反する。そうでないと配当のあった場合より配当のない場合にその株主に不利を強いる結果となり不公平である。本件の場合、配当がないのであるから、配当所得の赤字を認定することは違法である。

第三点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明かな重要事項について判断を遣脱した違法がある。

即ち、

原判決は、本件借入金利子は、事業収入を得るための必要経費でないとすれば、それは雑所得の赤字であるとの上告人の主張を排斥し、上告人が右借入金利子を如何なる具体的所得(雑所得)の経費とみようとするのか明かでないから、上告人の右主張はこの点で主張自体失当であると判示する。

然しながら、昭和二五年法律第七一号による改正前の旧所得税法第九条一項では、その九号で「右以外の所得を事業等所得とする」旨定めていたが、後これを改めて「事業所得」と「雑所得」とに分けることにしたものであり、一号乃至九号に当らないものは、すべて雑所得とすべきものとされた。被上告人の主張されるように、右借入金利子は事業所得の必要経費ではなく、又上告人の主張するように配当所得の赤字でないとすれば雑所得の赤字と解する他にない。そうだとすれば、如何なる具体的な所得の赤字とみようとするのか明かでないから主張自体失当であるとして、上告人の主張を排斥したことは判決に影響を及ぼすことが明かな重要事項について、判断を遣脱した違法があると云わねばならない。

以上いずれの点よりするも、原判決は違法であり、破棄さるべきである。

以上

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